おいしそうな料理を前に「わぁ!」と輝く子どもたちの目。みんなで囲む食卓は、笑顔が生まれる温かい時間です。しかし、好き嫌いで食べてくれなかったり、食事に興味を示さなかったり、日々の食の場面で小さな悩みを抱えることはありませんか?
絵本作家・いわさきまゆこさんが手がける『いっしょにつくろう!おりょうりえほんシリーズ』は、そんな時間を“もっと楽しく、もっとおいしく”変える魔法のスパイスが詰まっています。
まるで本物、なのにどこか温かい。ページをめくるたびにお腹が鳴ってしまいそうな食べ物の絵は、どのようにして生まれたのでしょうか。今回は、『いっしょにつくろう!おりょうりえほんシリーズ』の絵を描いた、いわさきまゆこさんに作品に込めたこだわりから、保育や家庭で今日から使える読み聞かせの工夫の仕方まで、詳しく語っていただきました。
プロフィール
「好き」を仕事にするまで—絵本作家への道のり—
私は子どもの頃から、絵本を読んだり絵を描いたりすることが大好きでした。「絵本の絵を描く仕事があったらいいのにな」と漠然と夢見ていたのですが、当時はそれが「仕事」になるなんて、思ってもみませんでした。
転機が訪れたのは高校生の時です。進路に悩む中で手にした職業辞典で「絵本作家」という仕事が実在することを知り、幼い頃の夢が初めて具体的な目標に変わったんです。
デザイン専門学校では、周りの同級生たちが人物や動物を描く中、私は気付けばいつも「食べ物」の絵ばかりを描いていました。描いていて一番ワクワクするのが食べ物だったんです。
そのうち「食べ物の絵をもっと極めて、強みにしていこう」と思うようになり、絵の中でも食べ物に特化した自分のスタイルが確立していきました。
専門学校卒業後は飲食店のデザイナーとして、お店の看板やメニュー表作りなどに携わりました。その経験も、現在の創作活動の大きな糧になっています。
「おいしそう&癒される」をテーマとして活躍しているきっかけ
私の作品の根底には、一貫して「おいしそう&癒し」というテーマがあります。その背景には、自分自身の過去の経験があります。
一つは、学生時代のこと。日々の学校生活の中で悩みが多かった私は、学校から帰ったあと、お菓子屋さんのブログを見ることを習慣にしていました。
辛いとき、そこに載っている可愛いお菓子の写真を眺めることで、心を癒していたんです。
好きなものを見て、ただただ「可愛い」とときめく時間が、いっぱいいっぱいだった当時の私の心をそっと支えてくれていました。だから私もそんなふうに誰かを癒せるような作品を作りたいと思うようになったんです。これは、「食べ物には見るだけで人を癒す力がある」と実感したエピソードでもあります。
もう一つは社会人になってからの経験で仕事に打ち込むあまり、体調を崩して入院してしまったことがありました。そこで、心と体を休ませることの重要性を痛感しました。
食べることは、誰にとっても大切な休息の時間だと思うんです。
だから作品づくりの際には、「お疲れさま。美味しいものでも食べて、ちょっと休憩しませんか?」と食べ物そのものが優しく語りかけてくるかのような、ちょっと不思議な世界観をイメージしてみることも多いんです。
そんな経験や想いからできた作品を日々発表し続けた結果、出版社の方に見つけていただき、念願だった絵本作家デビューが叶ったんです。
「おりょうりえほん」シリーズが生まれるまで
このシリーズは、食べ物をテーマにした最初の絵本「たべもの あいうえおのえほん」が好評だったことをきっかけに、出版社の方から「次はお料理をテーマにしませんか」とご提案いただいて生まれました。
子どもたちが大好きな「カレーライス」「ハンバーグ」「オムライス」を題材に、料理ができるまでを描いています。
シリーズに共通するこだわり・見どころ
絵のタッチとしては、リアルでおいしそうだけど、どこか温かくて、可愛い。その絶妙なバランスをとても大切にしています。
読み終えたあと「食=温かくて楽しいもの」と感じてもらえるような表現を、常に心掛けて描きました。
苅田澄子さんの文章からは、料理の音や一つひとつの工程の面白さ、そして読者となる子どもたちへの優しい想いや愛が伝わってきました。
特に印象的だったのは、ちょっとしたハプニングや失敗が起こる場面。
物語に浸っていく中で、「料理中のハプニングや失敗って、わるいものではなくて、実は子どもたちにとっては特に楽しくて貴重な体験なんだな」ということを、改めて感じたんです。だから、そんな温かい世界観も大切に描きました。
「読んでいる人自身が料理をしている気分を味わえるように」と、構図は常に作り手の視点(主観視点)を徹底しています。だから、絵本には作り手の顔はでてきません。ページをめくる“あなた”が、絵本の主役です。
『カレーライスだいすき』
シリーズ1作目ということもあり、特に絵のタッチの追求に時間をかけました。
表紙でこだわったのは、ゴロっとした具材の可愛らしさと、ご飯のふんわり感、ご飯にルーがかかった境目の染み込み具合です。
鍋のふたを開けた瞬間に広がる湯気や、鍋のふちをつたう水滴、ぐつぐつと煮えるようすは、実際にカレーライスを作ってじっくり観察したときに、とくに「描きたい!」と思った部分でした。
調理器具もこだわって選んでいます。文章を書いてくださった苅田澄子さんが表現された、じゃがいもを切る時の音がとても面白くて、絵を描く前にまずは「この音が一番心地よく響くのはどんな調理器具だろう」と考えました。
その結果、木のまな板が一番しっくりきたので、絵にも採用することにしたんです。
まな板や木べらの木の明るさ、そして鍋の色合いなども、「料理風景がより楽しく、可愛く、輝いて見えるのはどんな色だろう」とじっくり検討し、絵本の世界観に合うものを選びました。
■カレーライスだいすき
■苅田澄子 文/いわさきまゆこ 絵
■発行年月日:2024年11月
■金の星社 刊
『ハンバーグだいすき』
ハンバーグ作りで印象的な「こねる」「まるめる」といった作業の楽しさが伝わることを意識して描きました。
表紙で一番こだわったのは、ソースのぷくっとした「艶」。
丸みのあるハンバーグやソースのシルエット、付け合わせの野菜の彩りや形なども含めて、お皿の上全体を可愛らしく描けるように工夫しました。
一番好きな場面は、「あれれ、くずれてきちゃう」「だいじょうぶ きれいに できてるよ」という温かいやりとりがあるページです。
私自身も子どもの頃にハンバーグづくりをしたとき、くずれてうまくできなかった記憶があるんです。
でも、一つひとつの作業がとても楽しくて、今では良い思い出となっています。だからこの場面も、「うまくできなくてもいいんだよ」という優しい空気感が伝わるように、心を込めて描きました。
実際にハンバーグを作ってじっくり観察したとき、ハンバーグがキラキラと輝いて見えたので、その光を描くことも大切にしています。
焼き加減や油の表現も、何度も微調整を重ねて仕上げました。
ちなみに、ハンバーグをこねるボウルも、温かみのあるホーロー製のものにしているんですよ。
調理の「音」を大切に描いた絵本なので、ステンレス製のボウルと爪が擦れる音(人によっては苦手な音)はあまり想像させたくないという想いもありました。
■ハンバーグだいすき
■苅田澄子 文/いわさきまゆこ 絵
■発行年月日:2024年11月
■金の星社 刊
『オムライスだいすき』
「いつか描きたい」と長年温めていた、私にとって一番思い入れのあるテーマです。こだわったのは、ケチャップで描いた「くま」の崩し具合。
手作り感のある温かさを出しつつ、一目で「くま」だと分かるように、その絶妙なバランスを追求しました。
ケチャップで絵を描くという家庭のオムライスならではの楽しみも、存分に表現できるように心掛けました。
チキンライスができあがるまでの、色や食材の変化を丁寧に描くことにもこだわっています。
途中段階でも既においしそうだけど、少しずつできあがりに近づいていくワクワク感も感じられる、そんな表現をめざしました。
とくにお気に入りなのは、卵が「じゅっ! ふわ~」と広がるページです。
卵が広がる瞬間ってワクワクするなぁと、実際に料理をしていても感じるので、そのワクワク感をそのまま絵に落とし込みました。
■オムライスだいすき
■苅田澄子 文/いわさきまゆこ 絵
■発行年月日:2025年03月
■金の星社 刊
もう一つの大切な絵本『たべもの あいうえおのえほん』
この絵本は、私にとって初めての食べ物の絵本で、『いっしょにつくろう!おりょうりえほんシリーズ』が生まれるきっかけにもなった大切な一冊です。
右ページに食べ物の絵と短い文章、左ページにひらがなとその筆順が載っていて、ひらがなは指でなぞれる大きさになっています。
出産祝いやファースト絵本として選んでいただくことも多く、「ページをめくるたびに『この食べ物知ってる!』『すき!』と指をさして、普段あまり話さない子がたくさんお話してくれました」「絵本のおかげで、ひらがなを覚えられました」という嬉しいお声も沢山いただいています。
色んな食べ物の登場を楽しみながら、自然とひらがなに触れてもらえたら、そしてお子さんとのコミュニケーションを深めるきっかけとしても活用していただけたら、とても嬉しいと思っています。
■たべもの あいうえおのえほん
■苅田澄子 文/いわさきまゆこ 絵
■発行年月日:2023年03月
■金の星社 刊
絵本が育む、親子の時間と食への興味
実際に『いっしょにつくろう!おりょうりえほんシリーズ』を読んでくださった方からは、「絵本がきっかけで、子どもが料理を手伝ってくれるようになりました」「子どもが苦手だった野菜を『食べてみたい』と言ってくれました!」など、嬉しいお声を数多くいただきました。
絵本が、保護者の方とお子さんとのコミュニケーションを深め、食への興味を育むきっかけになっていることを実感し、とても嬉しく思っています。
保育現場やご家庭での読み聞かせでは、「絵の動きを真似する」「食べるしぐさをする」といった動きを取り入れることで、「子どもたちがとても楽しそうにしていました!」「読み終わった後、実際に食べたり作ったりする流れにつながりました」というご感想もよくいただきます。
「とんとん」「こねこね」「ぱくぱく」など、一緒に手を動かしながら絵本の世界に入り込むことで、「料理」や「食べること」が、より楽しく、面白いものとしてお子さんたちの心に届いているのかもしれません。
絵本を通して味わう、そんな楽しい体験が、食への興味や関心を深める一歩になれば、とても嬉しく思います。
また、「どの料理が好き?」「おうちのカレーには何が入っているかな?」など、会話を広げるきっかけとしても活用していただけたら嬉しいです。
絵本を通して届けたいこと
今後は、読者の方からリクエストをいただくことも多い、お菓子の絵本にも挑戦してみたいと思っています。
また、食べ物という親しみやすいモチーフを通して、子どもたちの心に寄り添うような、温かいメッセージを届けられる絵本も作っていきたいと考えています。
私がこれまでに携わった絵本には、「食を温かくポジティブなものとして受け取ってもらえますように」という願いを込めています。
作品を通して、日常生活の中にある「食」に触れる瞬間が、温かく笑顔あふれるものになるお手伝いができたら嬉しいです。
ぜひ、食育の一環として手に取ってみてください。